太平洋戦争末期に天皇陛下が学童疎開され、玉音放送を聞いた部屋が報道陣に公開された=15日午後1時55分、益子町益子

 天皇、皇后両陛下の日光市への私的旅行が取りやめとなった15日、訪問を待ち望んでいた県内の関係者からは体調を気遣いつつ、同時に残念がる声が上がった。陛下自ら希望した日光訪問。終戦を迎えたゆかりの地の訪問は、退位を巡る法整備が進む中で注目されたが再び延期となった。

 両陛下の日光訪問は17日から2泊3日の日程だった。太平洋戦争末期、陛下が疎開した日光田母沢御用邸が残る公園、「南間ホテル」があった湯ノ湖周辺を散策する予定だった。

 訪問の中止を受け、斎藤文夫(さいとうふみお)日光市長は「心待ちにしておりましたが、大変残念です。何よりご体調が一番ですので、速やかなご回復を心よりお祈り申し上げます」とコメント。日光田母沢御用邸記念公園の水野恵司(みずのけいじ)所長(62)は「陛下のご体調が心配。お元気であることが何より」と気遣った。

 両陛下が宿泊予定だった中禅寺金谷ホテルの宇角恒哉(うかくこうや)支配人(54)は「陛下も楽しみにしていらっしゃったでしょう。お大事になさっていただき、次の機会にぜひ、お越しいただきたい」と望んだ。

 当時11歳だった陛下が終戦を告げる玉音放送を聞いた南間ホテルは「平成館」として現在、益子町が所有し改修が進められている。益子焼製造販売業「つかもと」が1973年に同町益子の同社敷地内にホテルを移築、2016年に同町へ無償譲渡していた。

 「つかもと」の野沢秀夫(のざわひでお)専務取締役(61)は「平和を改めて考える機会になる」と日光訪問を心待ちにしていた。それだけに「残念」と漏らしたが「一日も早く回復されて、ぜひおいでいただければ」と願った。

 同町は一部改修を終えたホテルを15日、報道陣に公開した。大塚朋之(おおつかともゆき)町長は「まずは体調が一番。大事にしていただき、いつかお越しくださるよう期待しています」と話した。