塩谷町出身で文化勲章受章者の作曲家船村徹(ふなむらとおる)さん=本名福田博郎(ふくだひろお)=が16日、神奈川県藤沢市の病院で死去した。84歳。葬儀・告別式の日取り、喪主は未定。

 東洋音楽学校(現東京音大)に進学し、ピアノと作曲を学んだ。盟友となる作詞家の故高野公男(たかのきみお)と出会い大衆音楽の道に進み、55年に春日八郎(かすがはちろう)さんの「別れの一本杉」で注目を集めた。

 「初めに言葉ありき。作曲は、日本語の素晴らしさを助ける脇役でありたい」が歌作りのモットー。村田英雄(むらたひでお)さんの「王将」や北島三郎(きたじまさぶろう)さんの「風雪ながれ旅」、鳥羽一郎(とばいちろう)さんの「兄弟船」、細川(ほそかわ)たかしさんの「矢切の渡し」などヒット曲を連発した。

 日本作曲家協会会長、日本音楽著作権協会会長などを歴任。95年紫綬褒章、08年に文化功労者に選ばれた。横綱審議委員会委員も務めた。

 昨年11月には歌謡曲の作曲家として5千曲以上の作品を発表し、関係団体の要職を務めて音楽界の発展に貢献した功績で文化勲章を受章。記者会見では「私個人が頂戴したというのは恐れ多く、大先輩たちの忘れ物を拾って届ける役だと思っている。これからも今まで通り大衆芸能のお手伝いをしていきたい」と語っていた。

【電子号外】船村徹さん死去 (2月17日)

※閲覧にはAdobe Readerが必要です。