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2019年度募集要項
内定者座談会

【参加者】

 編集部門…A、B、C、D、E

 デザイン部門…F

 ビジネス部門…G、H、I、J、K

就職活動を振り返ってみて

 A…個人的には楽に終わってしまいました。メディアの業務に就きたいと思っていたので、他の業界は考えていませんでした。始めた時期も4月くらいで、内定をもらいあっという間に終わってしまったというのが正直なところです。

 B…私も3月くらいに始めました。文章や言葉に携わる仕事をしたかったので、都内の出版社のほか、地元では下野新聞社一本に絞っていた。都内の大手を見ているうちに、地元に帰りたい思いが強くなってきたことと、面接を受けていくなかで下野新聞社が一番話を聞いてくれるなど、面接をしていて本当におもしろく印象的だったので「入るならここだな」と、だんだんと第一希望に変わっていった。下野新聞社のグループ面接もレベルが高く少しおどおどしてしまったが、下野の人と話した時に一番安心感があり、入社しようと決めました。

 C…企業に就職するか、自分の好きな道に進むか3年の終わりくらいまで悩んでいました。大学を卒業したら企業に行くのが当たり前と思うことが嫌だと思っていたが、そう思う自分も何も知らないから批判をしているのだけかもしれないと思い、就活イベントなどに行き視野を広げようと思いました。企業の担当者が何度も時間を割いて話してくれ、担当者一人一人の熱い思いを素晴らしく感じ、就活に前向きになれました。4月には地元で就活したいとの意思が固まり、会社の雰囲気に惹かれた下野新聞社に内定をいただきました。

 E…就活は気が進まなかったが、さまざまなインターンに参加しました。せっかくインターンに行くならその企業を調べて面白いことを質問して帰ろうと思いました。自分の質問に対して人事の方から「痛いところ突きますね」と冗談でも言ってもらうとうれしくなり、このようなことを繰り返していました。通信社のインターンに参加したことで記者の面白さを感じ、新聞記者に絞って就活を行いました。面接時は控室と間違えて会長室に入ってしまったが、優しく受け入れてくれる下野新聞社に縁を感じました。

 F…何となく始め何となく終わった。学部が美術系で、周囲は割と就活に対する意識が低めだったので、その流れで就活したくないなと思っていました。3月から説明会に参加するようになったが、あまり業界を絞らず、デザインや企画など何かを作ることをやりたいと思っていました。

 G…ぎりぎりまで公務員か民間企業かで迷っていたので、就活を始めたのは3月の就職活動解禁からでした。もともと地域に携わる仕事がしたいと思い、大学では地域行政学科に入り地域活性化のサークルにも入っていたが、どの業界に入ればそのような仕事ができるか分からなかったので、さまざまな業種を見ました。都内大手も見ましたが、やっぱり栃木に帰りたいと思い、地元の会社を受けました。下野新聞社は合同説明会で立ち寄ったことがきっかけですが、ビジネス職の業務は私がやりたいことだと思いました。

 H…教育学部なので周囲の友人は公務員志望が多く、就活する人がいなくて焦りがありました。部活を引退するまで更に焦りが募っていたのですが、何をするともなく過ごしてしまいました。2月にはインターン、3月から合説に参加しました。群馬県出身でしたが地元に帰ろうとの思いはなく、大学のある栃木に就職したいと思っていました。何となくメディア関係の仕事をしたいと思っていたので、県内のメディア系の企業を受け、下野新聞社もチャレンジしました。

 I…就活におびえていたので3年の夏から意識してSPI対策、日経を読む、インターン参加を行いました。東京か栃木かでずっと決められず、4年の6月くらいまで迷っていました。下野新聞社以外はIT系の会社を受けていましたが、大きな会社は嫌だったので300人規模の会社を受けていました。都内の会社と下野新聞社から内定をもらい、考え抜いた末に栃木にUターンすることを決めました。

 J…就活を始めたのは2月。東京か栃木で迷った時に、栃木の人の温かさを感じました。近所のおばさんがごみ出し時にあいさつしてくれることなどは東京ではないので、栃木をメインに就活し、その中でも栃木でしかできないことをやろうと思っていました。就活は結構難しいと考えていたので他の企業も多く受けましたが、一番行きたいところに内定を頂いたので、他社を受けすぎたかなとも思っています。結果的に就活にお金も結構使ってしまいました。

 K…自分としては「ことし就活をやるのか」というところから始まりました。就活を始める時期にぎりぎり卒業見込みが出て就活を3月くらいに始めました。当初、都内も考えましたが、悩んだ末に地元の企業も見てみようと思い、(最終的に)下野新聞社に内定をもらいました。家が自営業で、長男でもあることから将来的に栃木に帰ることを考えると、最初から生活基盤を栃木に置いた方がよいと思い入社を決めました。

面接について

 H…(2次面接以降)面接室に入った瞬間、あまりの面接官の多さにぎょっとしました。

 D…表情に出た気がする。

 I…就活サイトの「みん就」には「面接官の人数が多く厳しい」など脅しのようなことが書かれていたので扉を開けて入った瞬間「これか」と思いました。

 H…グループディスカッションでは、後ろからも見られている感じでした。

 E…確かに。発言するときも相手の学生を見るとその奥の壁際にいる事務局の人たちと目があったりして気まずくて、どこを向いて話したらいいかと思った。

 H…グループディスカッションで結論を出さないことも珍しかった。

 E…最終面接は緊張しすぎて、バッグを忘れて帰ろうとしてしまいました。

内定者同士の印象はどうか?

 I…女子の数が多いという印象が強いです。

 K…皆さんとてもまじめで。仕事に対する真摯さは現段階から伝わってきます。

 H…まだみんな様子をうかがっているのかな。(以前に交換した)LINEは誰も一回も発言せずこの日を迎えてしまった。だからまじめな子が多いのかなと思ったのでけど今日の話を聞いていると違うなとも思うし。これから化けの皮をはがしていくのが楽しみ。仲良くなれたらいいなと思う。

 E…みんな全然キャラが違う感じがする。

地元(もしくは下野新聞社)に決めた理由

 A…地元が好きだから。全国の企業も考えたが地元に愛着がある。大学のゼミの先生が「下野新聞社がいい」と背中を押してくれたので。

 B…大学2年間東京に住んでいましたが、東京はもうおなか一杯。3年で実家に帰り、家族や小中高の友達がいる地元が楽しいと思った点や、電車で通勤するのが嫌な点を考慮したほか、地元でこれから高齢になる親戚を支えるなど仕事以外にも何かできるかなと思ったため。

 D…選考が他の新聞社と比べて早かった。選考がトントンと進んでしまったので、もうここでいいとの思いから、他の選考が適当になってしまった。確か地方紙で2番目に早かったと思います。ここまで選考が進んできたことで、もう地元には帰りたくないと思いました。

 E…新聞社なら正直、どこに入っても同じだと思った。下野新聞社の選考は早くて、正直、内定をもらった時はわくわくする思いで、このまま働かせてもらいたいと思いました。

 F…私は大学のある群馬にするか、地元の栃木にするか、東京に出るか3択ありましたが、田舎育ちすぎて、まず東京は無理と思い排除しました。群馬か栃木かで迷った時、夏の暑さなど群馬の気候が自分に合わなすぎて、慣れ親しんだ栃木がいいなと思いました。

 G…東京と栃木で並行して活動していましたが、東京でよいと思う会社がなかった。栃木の情報が得たくて都内の様々なイベントに参加し、栃木にUターンした人からの「いずれ戻りたいと思っているなら最初から栃木に就職した方がいいよ」との言葉が決め手になりました。気持ちは割と初めのころから栃木に向いていたのかなと思います。

 I…ずっと迷っていました。栃木に決めたのは一人っ子ということもあり親のことを考えて。東京の会社も受けていたが、インターンシップで訪問した別の会社で「下野新聞社はいいよ」と言われたことも大きかったと思います。内定をもらえたら、それはご縁があると考え栃木に決めようと思っていました。

 J…東京よりも栃木の方が、人が温かいという点。就活を始める前に地元栃木の友達と温泉に行き、地元の友達はいいなと改めて感じたため、就職するなら栃木がいいと思いながら就活していました。

 K…当初思いつきで東京に就職しようと考えていた。お金の問題を考えると東京より栃木の方が一人暮らしをするにしても生活費が安いなど経済的な面でも大きく違ってくるので、いろいろ加味したら栃木も悪くないと思い、栃木に戻る選択をしました。

 D…正直言って、2次面接から交通費を出してくれたのも大きかった。他県の企業は全然出してくれないところもありました。

 A…交通費って非常に大きいと思います。某県の企業を受けに行ったときは全く出してくれなかった。新幹線で2回、3回ほど通ったのですが、その時は本当にきつかった。

筆記試験の印象は?

 D…地方紙にしてはマイナーな問題がない。栃木に関する問題でも、全国紙を読んでいれば対応できる。

 J…スポーツなど幅広くまんべんなく問題が出ていた。

 I…数学は久々に解いた。

 C…新聞を何か月前からか読むなどの対策をとりました。

 D、H…時事の内容は他社と比べ簡単だった。

 I…結構難しく感じました。勉強したことが一つも出ませんでした。

 F…実技試験で萩野公介選手の似顔絵を描いたことが印象に残っている。

下野新聞社の印象は

 J…新聞社なので堅いのかと思っていたが、インターンなどに参加して会社を見ていくうちに明るい雰囲気だと感じている。

 I…昔、下野模試を受けたり下野奨学金をいただいていたので教育の印象が強く、堅いイメージがあった。内定後、下野新聞社に就職することを伝えると、栃木の人なら誰でも下野新聞を知っているので、愛されているのだなと思っています。

 G…私は模試など高校受験で非常にお世話になったイメージがあります。でも、自分が(下野新聞社で)働くイメージがなかった。面接は堅い印象を受けましたが、内定者の新聞塾に参加して思った以上に堅くないのだなと感じました。内定前は新聞発行が大きなイメージとしてあったが、そのほかにも幅広い事業などを行っていることが印象的でした。

 F…やはり堅いイメージがありました。でも下野美術展や書道展などのイベントがあり、「これって下野新聞社が主催しているんだ」と知ることが結構あって、いろいろなことに取り組んでいるんだなという印象です。

 E…正直、下野新聞社を受ける前は「下野」の読み方が分かりませんでした。いろいろな新聞社を受けていたのですが、下野新聞を読んでいて意外と堅くないのかなと思いました。紙面でも「事件ですよ」などかわいい感じのミニコラムや、選挙前にはネットアンケート「Smatch(すまっち)」という自分の意見に合う候補者を選べるサイトがあり、結構柔軟だと思いました。それでも面接はめちゃくちゃ堅い雰囲気で、「栃木の魅力は何ですか」との質問によい返答ができなかったけれど、内定をもらえたので柔軟な会社なのかと思っています。

 C…編集部門は忙しく、土日が無くて長時間労働というイメージがありましたし、面接を受けた企業の中で一番堅い雰囲気でした。その後、内定者新聞塾で事務局にお会いした時は、本当に優しく接していただきました。無理に引き寄せようという感じがなく、そこが魅力的に感じられました。内定を頂いた後に父から聞いた話ですが、内定をもらったことを知り合いの下野新聞社社員に話したところ「自分の会社はいい会社だからうれしい」と言ってくださり、自分の会社に誇りと自信を持って働いているという印象を受けました。

 B…小学生後半から雷鳴抄を毎日読んでいたので、新聞社に対してそんなにかっちりとした意識はなかったです。説明会でも人事の方の空気が柔らかかったので、会社の空気もやわらかいのかなと思いました。面接では数人の面接官がずらっと並んでいてちょっと怖かったけれど、話しをすれば興味を持って聞いてくれたり冗談めいて話すと笑ってくれたりしたので、親近感というか落ち着ける、空気になじめる会社かと思いました。内定後も馴染んでいける会社かなと思っています。

新聞社でやりたいこと

 K…高校時代にスポーツで下野新聞に結果を載せてもらったことがありました。ベスト8くらいまで大会ごとにスコアまでちゃんと載せてくれている。やはり自分が載っているとうれしいので、入社したらビジネス部門でも少人数が見て喜んでもらえるようなことを紙面に反映できる仕事をやっていきたい。

 J…営業がどのようなものなのかを経験し、新聞、営業に対する知識を付けていきたい。栃木県はスポーツ環境に適しているので、たとえば県内には4つのスケートリンクがあるのでそれらを使い、普段は体験できないような催しを行いたいです。

 I…これというものはないのですが、インターンシップではイベントの企画を行いました。婚活イベントの手伝いを行い、関連企業やイベント参加者にも関わることができたことが楽しいと思ったので、県民の方はもちろん、県内の企業の方とも関わって栃木を盛り上げていきたいと思いました。

 H…小さいころからスポーツを行ってきたので、小学生から高齢者までのスポーツを盛り上げていけるイベントなどを企画していきたいです。これからオリンピックや国体などがあるので、栃木県としてどう係わっていけるか、それだけでなく後々につなげられるような働き方をしていきたいと思います。

 G…宇都宮市出身で栃木の会社に入るけれど、実は栃木のことを全然知らないのじゃないかと思うので、まずは栃木を知ってから何ができるかを考えていきたい。お客さんが集まるイベントは「食」かと思います。栃木もおいしいものがいっぱいあるので、そのようなものを生かしていきたいなと思っています。

 F…デザイン部門ですが、具体的に何をやるのかそこまで分かっていない状況です。ただ、いろいろな業務をやることは想像ができていて、いろいろ経験する中で、自分がやりたいことを見つけていきたいと思っています。

 E…私もこれをすぐにやりたいというものはないのですが、政治や社会の記事を書いていきたい。政治なら特に選挙取材をやりたかったのですが、衆議院が解散してしまったので…。いつもつまらないことを考えていて、しょうもないネタはぽんぽんと浮かんでくるので、そういうことを社会部などで生かせたらおもしろいなと思います。

 C…私は取材に行けるということに編集部門の魅力を感じていました。記事を書くことには自信がないが、自分の足でいろんな人に会いに行って話を聞かせていただく一つ一つの機会を大事にして、経験を積んでいきたいです。入社して1年間は目の前の仕事に一生懸命に打ち込んで早く一人前になることが目標です。

 B…私は保育士の環境を変えられるような取材をしたい。UIJターンで栃木に来た人や、小さい子供がいる家族に長く住んでもらうためには教育機関をしっかりさせなくてはいけない。教育機関の保育施設などが手薄で、時間外業務に手当がつかない保育士もたくさんいると聞いているので、住みやすく働きやすい栃木に変えられるよう貢献したいと思います。

 A…今までいろいろスポーツをやってきたので、スポーツの取材をしたいのが一つ。また、地域とのふれあい、高齢者と話をするのが好きなので、高齢化、過疎化が進むまちのお年寄りと取材を通じて話をして人脈を広げられる取材ができたらいいなと思っています。